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  • 執筆者の写真NPO Heart Kids JAPAN

メトロノームと原子炉 ストックホルム 1958年10月8日 ①イギリス人俳優ピーター・セラーズの話




ペースメーカーが発明され、安全に使われるようになるまでの歴史をここで紹介します。



1964年4月6日、ロサンゼルスでビリー・ウィルダーのコメディ「キスミー・ステューピッド(邦題: ねえ!キスしてよ)」の撮影中、ピーター・セラーズは大きな心臓発作を起こし、病院に運ばれました。セラーズは38歳のイギリス人俳優であり、ハリウッドの著名なスターの一人でした。ドクター・ストランジェローブという映画で、セラーズは初めてオスカー賞の候補になりました。間もなくその封切りが行われる予定でした。さらにセラーズは数週間前にブリット・エクランドと電撃的な結婚をしたばかりでした。彼の名前はゴシップ誌のコラムにはあまりみかけられていませんでした。

セラーズがシーダーズ・レバノン病院に運ばれたとき、彼はまだ意識があり、状態は比較的安定していました。しかし、その後24時間の間に彼は8回も心臓発作を起こしました。医療スタッフは報道陣に対して、彼の死が迫っていると述べました。そして、集中治療室のドアの前にガードマンを配置して、訪問者が不必要に入るのを防ぎました。その間、彼の心臓は約2分間停止しました。彼はすぐに、光沢のある手術器具が並べられた部屋に運ばれました。スイッチとダイヤルで覆われた金属の大きな棚が用意されていました。循環器科の病院主任、エリオット・コーデイは、2本の電線を手に取り、一方を装置に、もう一方をセラーズの胸に装着した小さな吸盤状のカップに接続しました。セラーズは意識を失い、その体は、電流が規則的に流れると規則的によじれました。そして、すぐに彼の心臓は再び拍動し始めました。もう少し遅ければ、彼は脳に障害を起こしていたか、あるいは命を失っていたでしょう。





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