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【前半】「手を尽くしても、助けられなかった子がいた」――日本の移植医療を切り開いた医師が語る、子どもの命への責任
学校法人金蘭会学園千里金蘭大学学長の福嶌教偉医師は、1999年2月、日本初の脳死臓器移植に関わりました。それから26年、ドナーへの敬意を貫き、日本の移植医療の基盤を作り上げてきました。 わずか8キロのポータブル小児用ECMO「バイオセイバー」の開発、地方の重症患者を救うドクタージェット搬送ネットワークの構築。すべての原動力は、子どもの命を救いたいという強い想いです。 移植医療にかける想いと、子どもの命を救うための取り組みについて話を伺いました。 和田心臓移植から始まった、医師への道 ――福嶌先生が心臓外科医、そして移植医療に関わるようになった経緯を教えてください。 きっかけは小学校6年生の時に見た和田心臓移植のニュースでした。1968年8月8日のことです。当時、公立の中学校では坊主頭が決まりで、それが嫌で中学受験の勉強をしていたのですが、その夏休みに「心臓が取り替えられる」というニュースが流れてきて、本当に衝撃を受けました。 ところが患者さんが術後に亡くなった途端、報道が一変しました。それまで「神様」のように扱われていた和田先生に対しての扱いが突
2025年12月30日
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